| 反逆者たちのユニフォーム。──ファッション編 |
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社会のあらゆる階層を取りはらい、
民主主義のシンボルとしてTシャツを定着させたのは、
ハリウッドの戦略だったのでしょうか?
Tシャツの似合わない映画スターはいません。
それどころか、この惑星にTシャツの似合わない人間など存在しません。
「Tシャツ大特集」最終回は、
一つのジャンルとしてファッションに定着したTシャツに思いをめぐらせます。
●怒れる若者たち。
1955年10月、映画公開の4日前に、
彼は24歳の若さで、その人生を終えました。
自分のポルシェ356を運転中の事故でした。
「急いで生きて、若くして死に、美しき死体になる」
映画「理由なき反抗」のこのセリフを自分自身の運命で実践することにより、
ジェームズ・ディーンは不滅の映画スターとなりました。
アメリカの1950年代。
この時代の若者たちは、共通するひとつの考えを持っていたといわれます。
それは、時代遅れの考え方への反抗と挑戦、です。
ティーンエイジャーたちの間では、
自由を求め、同じ居心地の悪さを共有することで仲間意識が芽生えていきます。
赤または黒の革ジャン、
鮮やかな白いTシャツ、
リーバイスのジーンズ、
バイカーブーツ。
「理由なき反抗」のなかでジェームズ・ディーンの服装は、不良たちの象徴でした。
若者たちは、こりかたまった大人が着るような、
ピシッとプレスされたスーツを着ることを完全に拒絶したのです。
●無限のキャンバス。
アメリカのスポーツチームが着るジャージやシャツの背には、
番号と選手の名前がありました。
大学のスポーツチームもジャンバーにそれを記しました。
Tシャツは、ひとつのサインになっていきます。
簡単にデザインすることのできるこの白いコットンは、
想像力をかきたてる、空白のキャンバスなのです。
例外にもれず、政治の世界もすばやくこれに飛びつきました。
1948年、共和党の候補者トーマス・E・デューイは、
「Dew it with Dewey(デューイで決まり)」という言葉をTシャツ上にかかげました。
結局、民主党のハリー・トルーマンに敗れたものの、
意表をついた彼のアイデアは、多かれ少なかれ
選挙運動のひとつのやり方として定着していきました。
1960年には、民主党候補者ジョン・F・ケネディーのキャンペーンチームが
「ケネディーを大統領に」という明瞭かつ単刀直入なメッセージ入りのTシャツを作ります。
選挙のような公益性の高いものから、
プライベートなものまで、あらゆるムーブメントが、
Tシャツという、この空白のキャンバスに絵具を流し込んでいったのです。
●表現の自由。
2001年9月11日にニューヨークで起きたテロ事件以降、
それまで以上に、さまざまなTシャツが生まれます。
星条旗を「FDNY」の文字で型取ったTシャツは、
事件の救助活動でヒーローになったニューヨークの消防隊をたたえるものでした。
一方、「指名手配:ビン・ラディン」Tシャツを着るアメリカ人が
TVメディアを通じて紹介されると、
タリバンたちはアルカイダのリーダーの顔をプリントした
Tシャツを着て無言の抵抗を示しました。
TVの重要性が高まるにつれ、幸か不幸か、主義・主張を背負ったTシャツは、
引っ張りだこの人気者になっていきます。
●流行のスピード。
日本人男性向けの標準的なLサイズのTシャツは、
身幅約60cm、着丈約80cmです。
胸と背中を合わせて、新聞の見開きサイズほどのこの面積は、
広告という手段として大企業のイメージを無料で広め、
評判をあげるというありがたい存在でもありました。
反面、皮肉なことにTシャツにかかげられたスローガンのすべては、
しょせん一発屋のごとく現れては消え、消えては現れる運命をはらんでいます。
さまざまに異なる思想や、あらゆる運動やブランドは、
大当たりを企んでTシャツを広告媒体に仕立てます。
しかし、オリジナリティあふれるものや刺激的でショッキングなものなど、
あれこれ工夫を凝らしたインパクトある言葉を考え出したとしても、
Tシャツでの表現は、単なる視覚的イメージでしか
訴えることができないものでした。
Tシャツはまるで、ジャケットを裏返したり、
お気に入りのブランドや支持政党を変えたりするようなスピードで、
新しいものに取りかえられてしまうのです。
●コミュニケーションのツール。
大量に消費される製品が市場を拡大するためにとった作戦は、
特定のライフスタイルを提案するものではなく、
イメージ寄りのビジュアルで訴えるというものでした。
アメリカの10代の子供を対象とした調査によると、
タバコのブランド名が書かれたTシャツを持っていて、
その宣伝文句をそらで言うことができる子供たちが、
将来に喫煙をはじめる可能性は、そうでない子供たちの2倍、
という結果があるそうです。
広告のキャッチ・コピーも商品ロゴも、
TV番組や映画の登場人物が引用することによって目や耳に焼きつけることができれば、
それはまさに一瞬の技で、文化のすき間に入り込む
なんともわかりやすいコミュニケーションの道具。
──ブランドやロゴ入りのTシャツは、
着る人と、極めて密接で個人的な関係を持つという事実です。
●『夢を実現する』Tシャツ。
2002年6月25日。
試合開始1時間前、ソウルスタジアムは未曾有の興奮に包まれていました。
レッドデビルズが陣取るゴール裏には「夢は実現する」と、
ハングル語で書かれたメッセージが、赤一色の座席にペイントで施されています。
人々は揃って赤いTシャツを着ており、胸には力強く「BE THE REDS」の文字。
試合開始前から鳴り止まない声援がピークに達したのは、
ドイツに先制を許した直後でした。
疲弊した体にムチ打って走り回っていた韓国選手が下を向きかけたその時、
市庁前の150万人、スタジアムの6万5千人、
全国のパブリックビューイングで観戦している300万人の
魂が乗り移ったかのような
「テーハンミングッ!」
「テーハンミングッ!」
全身が震えるほど熱く、力強いものでした。
しかし、その韓国の前に立ちふさがったのは、
ドイツの偉大なるGKオリバー・カーン。
韓国は最後までカーンの牙城を崩すことができず惜敗。
それでも「BE THE REDS」のTシャツを着た、
韓国全土を真っ赤に染めたサポーターの後押しで、
ワールドカップ史上初めて準決勝を戦い、
ベスト4という歴史を残すことができたのです。
◎Tシャツコラム1〜3は、よろしクマ★eニュース!から転載しています。
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